年齢を重ねるほど、人の話を「最後まで聴けなくなった」と感じる理由

話しを聴けなくなった

年齢を重ねるにつれて、少しずつ変わってきたと感じることがあります。

それは「人の話を聴く」という、ごく当たり前だったはずの行為です。

若いころは、相手の話を最後まで聞くことが、そこまで苦ではありませんでした。

ところが最近、話の途中で口を挟んでしまったり、要点が見えない話に強い疲れを感じたりするようになりました。

人の話を聴けなくなっている感覚

人が話している最中に、「それで結論は何?」と、心の中で思ってしまうことがあります。

相手の話が続くほど、集中力が切れ、早く終わってほしいという気持ちが先に立ちます。

そして気づけば、話の途中で言葉を差し込んでしまう。

自分でも良くないと分かっているのに、止められない瞬間があります。

「結論から話してほしい」という気持ち

特に強く感じるのが、結果だけを知りたい場面です。

たとえば、「今日の買い物、いくら使ったの?」

この質問に対して、野菜がなかったから、卵が高くて、ついでに日用品も買って……と、状況説明が続くことがあります。

正直に言えば、知りたいのは金額だけです。

3,000円なのか、5,000円なのか。

それが分かれば十分だと思ってしまいます。

この感覚のズレが、自分をイライラさせている原因なのだと思います。

話が止まらないときのしんどさ

もう一つつらいのが、相手が話し始めると、なかなか終わらないことです。

こちらが話すタイミングを探しているうちに、次の話題、さらに次の話題へと移っていく。

結果として、自分の言いたいことは飲み込むしかなくなります。

「まだ終わらないのか」そう思いながら待つ時間が、以前よりずっと長く、重く感じられます。

自分も同じことをしているかもしれない

ただ、こうした不満を抱きながらも、ふと立ち止まることがあります。

自分は、本当に相手のことを言える立場なのだろうか。

上司が同じ話を何度もする。

前にも聞いた内容なのに、また説明が始まる。

そんなときに感じる違和感は、もしかすると、自分自身にも向けられているものかもしれません。

年齢を重ねるにつれて、自分の考えや経験が増え、それを無意識に押し出してしまっている可能性もあります。

間がない会話のつらさ

最近、強く思うのは「間」の大切さです。

少し黙る時間。

相手が考える余白。

それがない会話は、

聞く側にとって想像以上に消耗します。

だからといって、自分が話さないように意識しすぎると、今度はコミュニケーションそのものが減ってしまう。

このバランスの取りづらさが、今の自分を一番悩ませているのかもしれません。

まとめ

年を取ると、人の話が聴けなくなる。

それは、性格が悪くなったからではなく、脳や心の使い方が変わってきた結果なのだと思います。

効率を求める気持ち。

結論を急ぐ思考。

待つことへの耐性の低下。

どれも、これまで積み重ねてきた人生の副作用なのかもしれません。

だからこそ、完全に直そうとするのではなく、「自分は今、こういう状態なんだ」と認識することが大切だと感じています。

間を求める自分も、話し続ける相手も、どちらも間違ってはいない。

その前提に立てたとき、少しだけ、会話が楽になる気がしています。

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