50代の入口で、自分の人生を振り返ってみた
もうすぐ、アラフィフと呼ばれる年齢に入ります。
40代から始めたブログも、気づけば6年ほど続いていました。
節目が近づくにつれて、自然と自分の人生を振り返ることが増えています。
50代を前にして思うこと
50代という言葉を意識し始めてから、
自分の人生を振り返る時間が、以前より増えました。
振り返ってみると、どうしても「後悔」という言葉が浮かびます。
後悔の多い人生だったな、という感覚です。
これまであまり深く考えないようにしてきましたが、
節目を前にして、避けて通れなくなってきたのかもしれません。
後悔として浮かぶもの
思い浮かぶ後悔はいくつかあります。
小学生のころ、もっと勉強しておけばよかった。
社会人になってから、もっとお金を貯めておけばよかった。
結婚も、もう少し若いときにしていればよかった。
どれも、今さらどうにもならないことです。
頭ではそうわかっていても、心のどこかに引っかかりが残っています。
後悔の正体に気づいた
ただ、書き出してみて、ひとつ気づいたことがありました。
自分は本当に「結果」を後悔しているのだろうか、という疑問です。
よく考えてみると、
- 本気で取り組まなかった自分
- 将来と向き合わなかった感覚
- 決断を先延ばしにしていた姿勢
こうした「当時の自分の態度」を、
今の自分が許せていないのではないか、と思いました。
後悔の正体は、出来事そのものではなく、
過去の自分への評価なのかもしれません。
恵まれているのに感じる違和感
一方で、今の自分の状況を冷静に見れば、
大きな病気もなく、借金もなく、仕事も続けられています。
これは間違いなく、恵まれている状態です。
それでも、どこか満たされない感覚があります。
「問題なく生きてきたはずなのに、納得できていない」
この矛盾が、ずっと心に残っていました。
贅沢な悩みだと言われれば、そうなのかもしれません。
それでも、この違和感を無視するほうが、
自分には不自然に感じられました。
逃げてきた人生なのか
振り返ると、大きな失敗やリスクを、
できるだけ避けてきた人生だったと思います。
その結果、
「中途半端な人生を歩んできたのではないか」
そんな評価を、自分自身に下していました。
ただ、それは本当に「逃げ」だったのでしょうか。
壊れない選択をしてきただけ、
踏み外さない道を選び続けてきただけ、
そう捉えることもできるはずです。
それでも自分を責めてしまうのは、
「自分はもっとできたはずだ」という思い込み、
いわばエゴがあるからなのかもしれません。
まとめ
50代を目前にして、人生を総括するには、
まだ早いのだと思います。
それでも、この年齢になると、
無意識に自分の人生に点数をつけてしまいます。
今は、はっきりとした答えは出ていません。
前向きな結論も、立派な教訓もありません。
ただ、
後悔している自分と、
恵まれていると感じている自分。
その両方を否定せず、
ログとして残しておきたいと思いました。
これは未来の自分のための記録であり、
もし同じような違和感を抱えている人がいたら、
「自分だけではない」と感じてもらえたら、それで十分です。
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